武士の魂と商人の才覚を併せ持つ経営者を輩出するコンサルティング会社

出会いが人生を変える!自分が一番だと思えるオシャレマダムを増やす。

年齢を重ねる素晴らしさとカッコよさを伝える

ー 今日は、 パーソナルスタイリスト、サロンドプティポワ代表の服部ちづさんにお話を伺います。よろしくおねがいします。

よろしくおねがいします。

「スタイリストが暮らす家」でライフスタイルを提案する

ー では早速、お仕事の内容をお聞かせくださいますか。

主に名古屋を拠点として、パーソナルスタイリストとして東京や大阪でも活動をさせていただいております。東京・大阪ではウォーキングスクールも開講させていただいております。

ー パーソナルスタイリングというと、具体的にどんなことをされるんですか?

個人のお客様に対して、その方に似合うファッションのアドバイスを同行ショッピングを含めてさせていただくのが基本でしょうか。

そのほか、オシャレセミナーの講師、ウォーキング講師、ナチュラルメイクアドバイザーとしても活動させていただいております。

ー スタイリング、ウォーキング、メイク。ということですね。

女性のファッションを語るとき、この3つの要素は欠かせないと思います。

でも、この3つを全て語れるスタイリストというのはなかなかいないようです。

ー その中心となるであろう、スタイリングの基本構成はどうなっていますか?

パーソナルスタイリングは2日間。

まずはじめに事前質問シートをご記入いただき、1日目はそれを元にカウンセリングをさせていただくことから始めます。2時間程度でしょうか。

2日目はスタイリングの日で、打ち合わせからはじまってショップへの同行でコーディネートのご提案となります。こちらは3時間ほど。

この2日目のスタイリングまでの間に、カウンセリング結果を元に、私のほうでショップの下見をしてお客様への提案内容を詰めていきます。

ー なるほど。

で、それを通常は3ヶ月に1回、1年間で計4回させていただきまして、卒業ということになります。

ー 卒業、ですか。

季節ごとのスタイリングとフォローなどで、1年後にはみなさん自信をつけられます。

似合う服がわからない、何を買っていいかわからない。そんな人たちが自分自身の魅力に気づき、自信を持ってファッションを楽しめるようになりますから。

ー なるほど。自信を持たせるスタイリングなんですね。 ところで、本日は服部さんの新しいサロンにお邪魔しているわけですが、とにかく一つ一つがおしゃれでかっこいいですね。

自宅兼サロンです。

ここでセミナーなどができるように、今年8月に改築して10月にお披露目を兼ねてセミナーを開催します。

ー 自宅兼サロン、全く生活感を感じさせないですが(笑)。

(笑)。

1階がリビング、キッチン、クローゼット。実際の生活スペースでもあり、サロンでもあります。2階が居住スペースですね。

ー 玄関を入って、すぐ左にオープンの下駄箱。

はい。見せるためのシューズクローゼットというイメージですね。

お客様が入ってこられた時に、私の靴が見えるように設計してあります。娘と主人の靴は見えないように、導線も分けています。

ー 扉を開けるとリビングルーム。左側の窓からやさしい光が差し込みますね。

リビングにはアートスペースを設けています。こちらにポイントとなる写真や絵を飾ったり。

なので、玄関入ってリビングの扉も、このアートスペースが目に入って来やすいように、右開きのドアにしています。

テレビはアートスペースの反対側に設置して、お客様が入って来た時に目に入らないような角度に配置しているんです。

ー なるほど。ドアを閉めると右手にダイニングスペースとその奥にオープンクローゼットが広がる。

ですね。

ブティックとかだと、一定のスペースがあって、その奥に特別の空間とか部屋とかがあったりするんですね。ここから先は特別、みたいな。そんな空間を演出しています。

ー クローゼットは、思ったほど広くないですね。こうやってみると、服も以外と少ないように感じます。

風通しの良いクローゼットを作らないといけないです。

服をたくさん持っている人に限って、「着る服がない」と言ったりするんですよ。それは結局「必要な服を持っていない」ということなんです。

このオープンクローゼットを見てもらうことで、少ない服でも工夫次第で十分回していけるということを感じてもらうのです。

ー まさしくそれはサロン。右手側にはガラス張りのキッチンが。もう全部かっこいい。

キッチンも壁で区切らずガラスで区切っています。

これで圧迫感もなくなりますし、料理の匂いとかがオープンクローゼットの方に行かないようにする工夫でもあります。

ー なるほど。生活空間なんだけどサロンでもあり、その区分がところどころに工夫されているって感じですね。

そうです。

このサロンのコンセプトが、「スタイリストが暮らす家」なんです。構想1年、月一回の建築士さんとの打ち合わせを重ねて、ようやく出来上がりました。

MEMO

服部ちづ / サロンドプティポワ 代表

パーソナルスタイリスト・オシャレセミナー講師・ビューティスタイルウォーキング講師・ファッションモデル。

ただ着飾るだけのファッションではなく、その方の魅力を洋服の力で表現し内面から輝かせるスタイリングを提唱。

モデル・マヌカンとしての経験を生かし、洋服を着こなすアドバイスのみならずウォーキング・所作・メイクなど、トータルの美を提案し好評を得ている。

平成29年1月開業、スタイリングの予約は5ヶ月待ち。同年10月に公開クローゼットを備えたサロンを新築オープン。

銀行員からモデル事務所、そしてマヌカン〜多くの経験を積んだ20代。

ー もともとモデルさんをされていたんですよね。

学校を卒業して最初は銀行に就職しました。

ー 銀行員!?イメージと合いません(笑)!

2年ほど銀行員をやりまして(笑)。

当時はオシャレとか全然わかっていなかったというか、自分に似合わないオシャレしてた『痛い』感じでしたけど(笑)。

ー ん?どういうことでしょう?

顔立ちがはっきりしているというか派手というか、よくハーフに間違われるんですけど、

ー 確かに。

それでも可愛い洋服とかが好きで。でもどう考えても似合わない、みたいな。そんな時期でしたね。

ー そこからファッションの世界にいくきっかけがあるわけですよね。

銀行員をやっていたときにスカウトされて、ニューカレドニアキャンペーンモデルというのに応募して。

ー はい。

運良く合格して2週間ニューカレドニアに行くことになったので、銀行を辞めました(笑)。

ー あら、また思い切りの良い。

有給休暇とか全部使い切っちゃってたので(笑)。

で、戻ってきて東京のモデル事務所配属になったら父が猛反対したので、名古屋のモデル事務所に行くことになったんです。

ー なるほど、運命ですね。

モデル事務所では撮影よりもショーに出ることが多かったんですね。

良い服を着せてもらうことが多かったことと、ショーに出るのでパリコレとかのビデオを擦り切れるくらいなんども見ていたんです。

ー プロですね。

そしたら洋服とかファッションの方に興味を持つようになりまして。

ー なるほど。

そういう話をいろんな所でしていたら、名古屋市内の高級ブティックのオーナーさんから、

「今度4店舗目をエグゼクティブサロンとしてオープンするからうちで働かない?」

とスカウトされたんです。

ー またまたスカウト(笑)

で、28歳のときにそのエグゼクティブサロンでマヌカンとして活動し始めることになったんです。

ー マヌカンって何ですか?

日本で洋服を買うシーンを思い浮かべると、お店に洋服があります、それをお客さんは試着をします、そして気に入ったら買います。

ー ですよね。

でも、ヨーロッパのセレブはそうじゃなくて、マヌカンと呼ばれるモデルさんがパーティとかで新着の洋服とかを着てお客様に見せるわけです。

それをみてお客様が、手に取ってみて欲しいと思ったら買う、という流れなんですね。

ー ということは、そのお店の専属の「動くマネキン」ということですか?

平たく言うとそういうことですね。

で、そのサロンでマヌカンとして活動をしながら、年4回ほどパリへ買い付けに出張したり、現地でマヌカンやったりしていたんです。

成功の秘訣(1)

チャンスの女神には後ろ髪はない。通り過ぎた後に髪を掴みにいっても掴めない。

実際のところ、成功するかどうかに能力は関係ない。チャンスをつかんだか掴まなかったか?それだけの違いです。

変化の速いこの時代、勇気を持って目の前のチャンスを掴みに行くことができるか?銀行員からモデルへ、モデルからマヌカンへ。彼女は即決で行動してきた。

これが成功の秘訣と言えましょう。

ファッションの本場パリで学んだ「女性の生き方」

ー それは貴重な体験ですね。

そうしますと、日本と海外の違いというか、ファッションの考え方の違いに触れる機会が多くなりまして。

ー というと、どんなことでしょう?

たとえば日本の女性は、もう年だからとか、体型が変わってしまったから、そういうネガティブな発言が多いんですよね。

痩せないとオシャレできないとか、そんな考え方が多いんです。

ー なるほど、確かにそういう感じはありますかね。

でも、パリの社交界では全く逆で、女性は50代から、これからよ!っていう感じなんですよ。

20代の私なんて、そこへ行くとまだまだ小娘的な扱いを受けるくらい(笑)。

ー そうなんですね。

ふっくらしているご婦人とかも自分の理論で堂々と着こなしをしているんです。

でも日本の女性はそうじゃない。 私も当時はいまより7〜8キロ痩せていましたけど、もっと痩せたいとコンプレックスを持っていましたし。

ー やせすぎモデルとか、そんな時代でしたかね。

だから、そういう日本の女性、とくに50代の女性を変えたい!オシャレマダムを増やしたい!っておもったんですよね。

ー 50代の女性、ですか。

いまのお客様は30代から50代の女性ですが、とくに50代の女性が一番多いんです。

マヌカン時代のお客様が50代マダムが多かったので、そこが私の一番強い部分なんだと思います。

ー マヌカン時代はどれくらい?

4年くらい。体を壊してやめたんです。

とにかくいそがしかったのと、あと白内障になって目がよく見えなくなってしまって。 完璧主義なので、中途半端が嫌だったんですね。

ー 白内障ですか?それはまた大変でしたね。

4年前にやっと手術をして、パッと目の前が開けて、そこから人生が変わりました!

ー 手術は随分勇気のいることでしたでしょう。

怖かったですよ。でも、目が見えないことが本当に辛くて。

若年性の白内障は当時治療法もなかったですし。とにかく、太陽の下では真っ白になって何も見えないんです。

モデルの仕事で東京に行っても、地下鉄を出ると途端に何も見えなくなって、一人泣きましたもん(笑)。

ー それは大変。

外出が嫌いになって対人恐怖症になって引きこもる(笑)。

それでも手術しようと思ったきっかけは娘の一言。

ー 何だったんですか?

運動会で「どうしてママは私のこと見つけてくれないの?」と言われて。

ずっとあきらめていたんですけど調べてみたら先進医療で治る可能性もあるということで、手術にかけてみたんです。

手術が成功して、ほんとうに目の前がパッと開けたんですね。

ー それは良かった。話を戻しまして(笑)、マヌカン辞めた後は?

結婚して専業主婦になりました。でも、2年で飽きました(笑)。

ー でしょうね〜(笑)。

もう、夫婦の会話がワイドショーネタだけになっちゃうんです(笑)。

旦那からは、「あんたそんなつまんない女だったっけ?」みたいに言われたり(笑)。

ー そうなんだ(笑)。

これじゃダメだってことで、コンビニ行ってバイト情報見て、1ページ目に乗っていた企業にパートで勤めました。

ー なんというか、また決断が早い(笑)。

そこで総合受付として、去年まで働いてました。12年になるのかな(笑)。楽しかったんですよ。

ー ファッションの仕事の方は?

受付の仕事を平日やりながら、休日とかに。

モデル・マヌカン時代の経験から感覚でオシャレとかファッションとかのアドバイスなどをしたりしてました。

でも、お客様から、「分からない!」っていうクレームがきっかけになって、オシャレを理論立てて学ぶ養成コースに通ってパーソナルスタイリストの資格を取得したんです。

ー それがいつくらいのこと?

3年前ですね。

そこで初めてパーソナルスタイリストとして活動をし始めて、そちらの仕事が順調に行き始めたので、これ一本で行こうということで企業の受付のお仕事はやめることになりました。

それが去年の11月です。

ー そして今年の1月から開業、ということになったわけですね。

はい。 週末起業の頃からブログで集客という形は変わらず、いまは5ヶ月先まで予約が埋まっている状態です。

モデル・アンミカさんに学んだプロフェッショナルとしての心意気

ー 5ヶ月待ち!すごすぎます。スタイリングを受ける方はどんな方たちなんですか?

ほんと、ごく普通の人です。

毎日の服装で困っているとか自分でお洋服を選べないというひと、若い頃から来ていたお洋服が似合わないというひと。

私が一番得意な50代の女性からは、「おばさんっぽくなりたくない!」との理由でパーソナルスタイリング予約をいただきます。

ー 自分で洋服を選べない、という気持ちはわかります。私は男性なので特にそうかもしれませなんけど、女性でもそうなんですね。

女性もそういう方って多いんですよ。

既にオシャレな顧客さまではなく、服装に悩み一歩踏み出せない方の心に寄り添い進めていくことで、誰もがオシャレを楽しめるようになるんです。

ー オシャレ難民みたいな。

わかりやすくいうと、「ちづさんみたいになりたい!」というよりも、「ちづさんのライフスタイルを見習いたい!」というお客様が多いですかね。

ー なるほど!

「スタイリストが暮らす家」というコンセプトは私のライフスタイルそのものを見せることでもあるんです。

ー オシャレマダムのライフスタイルですね。

一度のスタイリングで完璧にしてしまうのではなく定期的にスタイリングを通してオシャレの階段を登っていただき、元へ戻らないオシャレ軸を作っていくんです。

それがご自身の生きるためのぶれない軸となっていけるように指導していきます。

ー お客様の反応はどんな感じですか?

たとえば、自分を客観視できず好きなものばかり着ていたけど、自分に似合う洋服をコーディネートできるようになりました、とか。

ー 好きな服を着る、というのはスタイリングとしてはNGなんですか?

その人それぞれの、スタイルとか顔立ちとか骨格等に合うファッションはあります。他人から見てギャップがあると違和感を覚えますよね。

私自身も可愛いファッションが好きだったのに、それは私のスタイルや顔立ちには残念ながら合わないんです(笑)。

ー たしかに、合わないような気がする(笑)。

モデル時代にすごく悩んだんですよ。自分は可愛い路線で行きたいのに、着せられる服はカッコイイ系のものばかり。

事務所はそれで私を売りたかったんでしょうね。

ー 事務所的にはそうなりますよね。売れるかどうか?が最優先ですから。

もう、タカラヅカの男役とか(笑)、魔女みたいな服とか(笑)。

ー めちゃめちゃ似合います!(笑)

ブライダルショーとかひどかったです。

他のモデルさんは新郎役の男性モデルとペアになるんですが、私だけ一人。で、カップル役じゃなくて意味わからない役回りのカッコイイ衣装(笑)。

楽屋でひとり泣きましたから。

ー 何の役なんでしょうね?(笑)

楽屋でひとりメソメソしている私を救ってくれたのは、いまもモデルでTVでも活躍されているアンミカさん。

ー あ、知ってます!お知り合いなんですね。

名古屋や大阪の舞台で何度かご一緒させていただきました。プロ意識とか半端なかったですね。

自分を売るためにカッコイイ写真を撮る。自分を客観視できている。可愛い服が着たいのに、なんて言って泣いている自分が恥ずかしくなるくらい。

とにかく、モデルという仕事は顧客から選ばれていくもの。求められているものに合わせていくのはプロのモデルとして当然の事。

そんなモデルとして軸というか、そういったものをもたせてくれたんです。

ー すごいですね。

そのほか、宣材資料などのアドバイスもいただけたり、肌の悩みに優しくアドバイスくれたりして、個人的にも大変お世話になりました。

ー なるほど。求められているものに合わせることに、抵抗はありませんでしたか?

例えばモデルとしての私、白物家電には合わないけど、ベンツの助手席だったら合う。そう思いませんか?

ー たしかに(笑)。その通りですね。

そこから私は、どうしたら売れるのか?を考えるようになりました。

できるだけ自分を客観視して、自分が求められるものによせていく努力をしました。 見た目だけじゃなくて性格もかっこよくしていこうと。

それが私の売りになるし、年収にもつながる。

ー 意識の差で結果は変わりますからね。

そう思います。 オシャレとかファッションとかって、相手に安心を与えるものなんですよ。自己満足じゃなくて。

ー 安心、ですか。

話をする前に遠くから見て選んでもらうには、顔、スタイルとファッションがあっていないと安心感を与えることはできません。

その意味では、日常生活だけじゃなくてビジネスにおいても同じかもしれないですよね。

ー オシャレとは相手への礼儀かもしれないですね。

お逢いする方のことを思って着ていくお洋服をコーディネートできるようになりました、というお声もよくいただきますね。

成功の秘訣(2)

プロフェッショナルの意識。自分はプロなんだという意識、そのセルフイメージは重要です。

自分を売るためにはどうしたらいいか?

自分が相手から求められているものは何か?

それを客観視することが、プロフェッショナルへの第一歩なのかもしれません。

他人と比べるから自分の可能性を潰してしまう

ー なかなか自分を客観視するとかできないものだと思うのですが、服部さんはどこでそのスキルを身につけたんですか?

これはマヌカン時代ですね。

年4回のパリ出張で現地に滞在し、言葉が通じない中で外見とかファッションがいかに重要か?が身にしみて分かったので。

ー というと?

男性の態度が全然違うんです(笑)。

可愛い格好をしていた時は男運が悪かった(笑)。でも、自分を客観視して、自分に合うファッションに変えただけで、言葉が通じなくても男性の私を扱う態度が変わったんです(笑)。

外見って本当に重要なんだということを感じましたよ。

ー 一目でこの人と話をしたいとか、第一印象って大事ですからね。

その外見力の重要性を、自分ではわかっていたしそれを感覚で教えていて、でも「わかっていること」と「教えることができること」とは違うというか。

しっかり伝えられるようにパーソナルスタイリストの資格を取ったわけで。

ー 経験とか実践とかがあった上での、教えるための資格ですね。

私にはオシャレの「理論」がなかったんです。経験と感覚でやってました。

マヌカン時代もそうだったんですけど、たとえばお客様に洋服を提案する時も、「いま本場パリではこういうのが流行ってますよ、日本でこの流行にいち早く触れることができますよ」としか言えなかったんです。

その人に似合うかどうか、なんて関係なく、とにかく「売る」ことが主。それもどうなのかな?と悩んだ時期でもありまして。

ー なるほど。

お客様からの「わからない!」っていうクレームがきっかけで、感覚では伝わらないということがわかり。自信もなくしてやっぱり私は専業主婦が似合ってるのかななんておもってみたり。

そう思いながらもオシャレの「理論」を探している時に、師匠である土居コウタロウさんに出会うんですね。

ー 何がポイントだったんでしょうか?

キャッチフレーズが、「オシャレは感覚ではありません、理論です」だったんです。

ー もう、そのまんま(笑)。

土居コウタロウさんの養成講座で学んだノウハウがいまの私のスタイリングの基礎を作っていることは間違いありません。

その師匠からは、「スタイリングだけじゃなくてメイクやウォーキングまでトータルで美を提供できるのは服部ちづさん以外知らない」とまで言っていただけるようになりました。

ー そこが服部さんの強みなんですね。

パーソナルスタイリングをするだけではなく、これまでの経験から魅せ方も伝えることができます。似合うお洋服を着てメイクもして所作やウォーキングがキレイになれば更に魅力的ですからね。

自分が一番だと心から思える方を育てることができます。

ー なるほど、自分が一番だと思える女性を育てる。

自分に自信がない人、「私なんて・・・」と思っている女性を変えていけるような人間になりたいんです。

ー というと?

自分にはセンスがないとか、生まれ持った恵まれた体型じゃないからとか。

どんな人でも輝くものを持っているし輝ける場所もある。他人と比べるから自分の可能性も潰してしまうのであって、そうではなくて自分を客観視する、自分を外から見る。

ー そう思えるようになったきっかけは?

4年まえに出会った小室由歌利さんとの出会いです。

あるイベントで知り合った女性が北海道の由歌利さんの塾の卒業生で、その方が私のウォーキング講座を受けてくれたんです。

それで歩き方が変わって、それを見た由歌利さんが「あなた、それどこで身につけたの?!」って話になりまして。

ー なるほど。

由歌利さんはその後、私のブログとかをみてくれていたようで、後から聞いたら「なぜこの子はブレイクしないんだろう?」と思っていたようで(笑)。

ー ふむ。

それで、由歌利さんがコンサルティングしている企業にウォーキング指導を導入してくれて、私がそこへ1年間行くようになったんです。

ー 出会いですね。でもその時点ではまだ由歌利さんにはお会いしていないんですね(笑)。

そうです(笑)。

その後、名古屋で由歌利塾の第1期が始まるということで参加して、とにかくブレーキを全部外されまくりました。月1回、9ヶ月の塾では毎回私は泣かされてました(笑)。

ー そうだったんですね。

才能があるのにできない、やらない、動かない、自信がない。由歌利さんにはそう見えたんだと思います。

そこでは、私がやりたいことをやって来なかった理由が、目の病気とかではなくて母との関係性だったことに気づかせてくれたんです。そしてそれを外してくれた。

ー お母さんとの関係ですか。

アトピーとか体が弱いとか、そういうのを母から刷り込まれてしまっていたんです。過度に依存していたというか。

それを、自分の思うように生きたらいいんだよ、と論理的に根気強く教えてくれたのが由歌利さん。

ー そこで目の前が開けた。

自信がないって、何もやっていないのに自信つくわけないでしょ!って(笑)。

思い返してみれば、20代前半のころはほんと一生懸命勉強して研究して動いて、それが自信になったし成果も出た。

頑張った自分があったから自分なりのウォーキング理論もできた。そんな自分に自信を持っていた時のように、20年近く忘れかけていた自信を取り戻すことができたんです。

自信を持つのに必要なのは、私の場合は感覚ではなくてロジックだったんです。それを、土居さんも由歌利さんも、教えてくれたんです。

ー 出会いが人生を変えますね。

自信を持つことができるようになって、他人からいいね!って言われることを「やっていいこと」に変えることができるようになったんです。

生徒さんも、私が言っていることをそのままお友達に伝えて、そのお友達が変わってくるようになってきています。生徒さんが影響力を持つようになってきました。

ー なるほど。今後の展開はどうしていきたいですか?

お陰様で殆どの方がスタイリングをリピートされます。皆さんが少しずつオシャレの階段を登り、普段の生活をこれまで以上に楽しめるようになります。

そんな方に憧れ自分もステキになりたい!と、一歩を踏み出して行こうと決意した方々のお手伝いが出来たら嬉しいです。

オシャレ・メイク・ウォーキングに止まらず成長されたクライアントさまへはライフスタイル提案などもさせていただきたいです。

皆さんが魅力的になり自信が溢れ影響力ある人になることが理想。かつて20代の私に、年齢を重ねる素晴らしさとカッコ良さを教えてくれたパリのマダムたちのように。

そんなオシャレマダムを日本にも沢山誕生させたいです!

ー 今後の発展を期待しています。今日は貴重なお話、ありがとうございました!

編集後記

撮影日 2017年09月26日
聞き手 勝野弘志・大野裕子
撮 影 臼井さや香

代表 服部ちづさん

サロンドプティポワ / 代表 服部ちづ

1994年、ニューカレドニアキャンペーンモデルとしてデビュー。ファッションモデルとして活動。

モデル活動中、メゾンの作品に魅了され、ファッション界へ転身。

1999年、オートクチュールサロンにてマヌカン・モデル・バイヤーとして活動。パリオートクチュールデザイナーの作品をフロアショーなども開催し、マヌカンスタイルで提供。

2014年より「Salom de Petits Pois」を主宰し、パーソナルスタイリスト・モデル・ウォーキング講師として活動開始。

ファッション・ウォーキング・メイク等のアドバイスでスタイル作りをサポートする。

素敵なカフェを会場に「ビューティースタイルカフェ」を開催するなど女子力アップをモットーに精力的に活動中。

現在はモデル事務所Campbellに所属しモデルとしても活動中。

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